さよなら湖 sayonarako

水仙境、あるいはジオラマの話

『京都インクライン物語』を読みました
琵琶湖疏水が自分の中でだいぶ高まってきて描きたいこともまとまりつつあったので読み時が来た!!と思って読んだのですが
他の人の良い二次創作を読んで満足したので自分が描く動機がなくなった みたいな状態になりました
そのくらいアツかった……
一週間くらいしたら情緒が元に戻ったのでやっぱり描かなきゃいけなくなりました

今年読んだ本の振り返りでもしようかと思ったのですがもう頭回らないのでこれでおしまい
『長江哀歌』を観ました 夏頃にですが…
すごく良かったです
夢に出てきてほしいような微睡みの中にいるような
と感じるのは自分が日本人であの規模の山川、あの規模のダムの工事が夢のように感じられるからかもしれません
最初のほうにさりげなく出てきた「千年の街が二年で沈む」という台詞が印象に残っています
途方もない川、途方もないダム、途方もない湖、悠久の時、それらと比してあまりにも小さい人間の、あまりにも短い一生の中で永遠にも思える一瞬が、あるね
工期を知らせるあのひび割れた放送を聴くと意識が蕩けそうになります

もう一回観たら印象変わると思うのでそのうちまた観たいです
あと三峡ダムにいつか行きたい
無題
河童メモ
ここ最近第2回水仙境腕相撲大会のことしか考えられない
物理的に地続きでないというのは物理的に分離しているという意味でもないです 何が言いたいんだ……!?
全国っていう表現もなんかまるで地続きの一つの国があるみたいですけど
観念的には地続きだけど物理的には地続きではないです
でも観念の世界なので物理的なことを考える意味はあんまり無いっぽいです
「水仙」って呼称が全国共通なのは意図的に広められたからですけど、
地域によって別の呼称があったりするものなんだと思います
あまり細かく考えすぎると収拾がつかなくなるのでほどほどにしたいですが
それに比べるとジオラマの定義というのは普遍的だけど
そこで言われるジオラマは「ジオラマ説」に過ぎないものでそれ自体は一部にしか支持されていないっぽいです
あれも完全にメタかというとそうでもないんですけど限りなくメタに近いです
水仙というものの定義は人や地域(?)によって違うのでメタ的に言える確かなことは前提ページに書かれていることしかないです
そして親しみやすさを意識したダム湖名を付けるとき、ダムの名前(そもそも地名ですが)そのものを平仮名にして◯◯湖と付けるのは、ほんとに「ダム湖です!ゆっくりしていってね!」みたいなめちゃめちゃ前向きな波動を感じる……
もうめっちゃ主観ですが
湖の名前に平仮名を使うのはダム湖特有の文化だと思いますが(そうでもなかったらごめん)、
そもそも「親しみやすさ」を求めることが人造湖たるダム湖独自の文化ですよね
天然の湖だったら別に最初からそこにあるんだからあえてみんなに親しまれるように!とか考えなくていいわけですし
またダム湖名の話
ダム湖名に平仮名を使うのって多くの場合親しみやすさのためにそうなってると思うんですけど、あくまで「ダム湖」として親しまれようとしてる感が強くて感慨深いです。
例えば薗原湖や赤谷湖だったらダムに堰き止められてできた「湖」として存在してる感じがするんですが
「ならまた湖」だと「奈良俣ダムのダム湖です、みんなよろしくね!」みたいな
何の曇りもない愉快な仲良しさんですね
とっても仲がいいです
身体の密着度合いで言えば断トツだと思います、いつもくっ付いてる ほぼ川治が椅子になったり足になったりベッドになったりしてる
こどもの日は五十里川治が描きたくなるのでここ最近はその二人のことを考えてた サイトにぜんぜん絵が無いってマジすか
ダム湖名には人や地域との関わり方のスタンスが割と現れる(と勝手に思ってる)ので好き
地元意識強めなダム湖名は良い
貯水池、調整池あたりはダム湖名として決められてるというよりは名称未定に近いニュアンスですよね
名称未定、〇〇貯水池、〇〇調整池あたりがデフォだと思ってるんですがそういうの好きだし、〇〇湖にしてたら多かれ少なかれ人目を意識している(?)のが良いし、国とかのダムみたいな名前付いてるとさらに

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